夏休みの宿題を手伝って10年目に考えたこと

夏休みの宿題を手伝って10年目に考えたこと

我が家の子供たちは新学期が始まり、先週から登校しています。

今年は余裕で夏休みの宿題が終わりました。

我が家は下の子が小学6年生。来年は中学生。

今年までの夏休みとは全く違う過ごし方になると思います。

楽になるという気持ちと、なんだか寂しい気持ちもあるなあと思いながらぼんやり考えていました。

我が家にとって初めての小学生の夏休みは10年前。

小学生と保育園児を連れ、私はフルタイムの仕事をしながらの夏休みでした。

語れば長〜いながい話になるので書きませんが、どんな状況なのか想像がつく方もたくさんいらっしゃるでしょう。

目の前の宿題を一つひとつ終わらせるのに必死の夏休みでした。

この年の夏休み終了後、計画的に過ごせなかったことを反省し、次の長期休みである冬休みから改善を重ねていきました。

そして10年目の今年。

さぞ素晴らしく計画された夏休みだったかというと、そうでもないです。

毎回計画はたてますが、学年が上がる、家庭の状況が変わる、毎年違います。

結局綱渡り的な感じで過ごしていました。

それでも年齢が上がり大きい子の手が離れて、今年は小6だけとなると楽勝で最終日を迎えました。

宿題も終わり、することも無くなった夏休み最後の日。

読書感想文をあえてやることになりました。

親子喧嘩にもなりましたが、3時間くらい二人で話をしました。

そして子どもが清書している姿を見ながら、考えていました。

これが夏休みの宿題の意味なのかなあ?と。

日頃、一つの本について話すこともなければ、文章の作り方について話す事もそれほどありません。

感想文のヒントを与えながら、本に書いてあること、自分のことを結びつけるように一緒に考えてみました。

子どもも知っている限りの言葉を使おうと頑張ります。

同じ言葉、同じ内容の繰り返しはおかしい、ここでこの接続詞はおかしい等と言いながら、

自分で感想文の下書きの校正をしていました。

それを見ながら、たくさんの事を学んで成長していることに気付かされました。

6年間で考えていることも変わってきました。

6年前、小学1年生の考えることは、大人には想像もつかないユニークなものでした。

6年生になった今は、少し格好をつけた部分もあるような文章ですが、それもまた楽しい。

夏休み最後の日、宿題に追われることがなかったので過去を振りかえり

夏休みの宿題は「親子の関わり」の一助となっているのかなあと考えていました。

もっとしっかり関わっていれば良かったかな?と少し後悔する気持ちも出てきましたが、

その時その時、親子で一生懸命だったんだから「これで良い!」そう思うことにします。

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